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就活生が語る

足掻いてもがいて掴んだ希望。反骨のワセジョが魅せる生き様―私の就活 vol.7

履歴書に並ぶ華やかな経歴、受けた企業は軒並み内定…。そんな就活生を、人は「就活強者」と呼びます。彼らがフォーカスされる機会は数多くあれど、どこか自分とは違う世界の話のように聞こえてしまう。そこで本連載では、あえて、ごく普通~の大学生の就活体験記を集めました。すると、「就活無双じゃなくても、就活した人の数だけ、大切なストーリーがある」 ということが見えてきました。一足先に就活を終えた先輩の、等身大のお話を聞いてみましょう。

人一倍の行動力を発揮した学生生活

――本日はどうぞよろしくお願いいたします!

廣田さん:早稲田大学文学部4年の廣田史です。よろしくお願いします!

――では早速お話を伺っていきたいのですが、まずは廣田さんの大学生活について教えてください。

廣田さん:私は元々、多くの人と関わって視野を広げたい、という思いを持って、早稲田に入学しました。
とはいっても、順風満帆に早稲田に入れたわけではなく、そこに至るまでにちょっとした波乱があったのですが…。

――波乱?一体何があったのですか?

廣田さん:私の出身校は国公立大学を受験する人ばかりで、私のように私立単願の生徒は圧倒的にマイノリティなんです。「郷に入りては郷に従え」という感じで、一応国立大学も見てはみたのですが、どうもしっくりこなくて。「私には早稲田しかない!」という思いが強くなるだけでした。
「早稲田を第一志望にする」と公言した瞬間は、色んな人に反対されました。だけど、私は絶対その声には屈したくなかった。だから、本気度を示す意味も込めて猛勉強して、早慶模試の文学部志望者中、全国3位に食い込みました。そのときの順位表を叩きつけて、「私の意志は固いんだぞ」と証明したんです。

――初っ端からかっこいい…。

廣田さん:ありがとうございます。(笑)
そんな感じで、晴れてめちゃくちゃ行きたかった大学に入れたわけなんですが、1年生の段階で違和感を抱いてしまったんです。なんというか、私の思う「早稲田」じゃなかったんですよね。思ったより消極的だな、と。
だったら、自分が新しい「早稲田」を作ってしまえばいいんじゃないか、ということで、2年生のときに雑技団サークルを立ち上げました。このサークルが私の大学生活の大部分を占めています。

――そのサークルの活動の中で、何か印象に残っていることはありますか?

廣田さん:そうだなあ…。3年生のときはめちゃくちゃしんどかったですね。人生で一番つらかったかもしれないです。
その年に初めて後輩が入ってきたのですが、彼ら二期生と、私たち一期生の意識の差が大きくて、それをまとめるのにかなり苦労しました。

――どうやってサークル員を1つにしていったのですか?

廣田さん:もう、徹底的な話し合いですね。メンバーひとりひとりと向き合って、あなたはどうなりたいの?なぜこのサークルに入っているの?みたいなことを語り合いました。とにかく、思ったことをすべて言い合うことにしたので、「廣田さんのこういうところが良くない」って書いてある、意見書みたいなものももらったりしました。(笑)
そうやってサークルのしこりをとって、みんなをまとめていきました。

――それほど本気で取り組んでいたんですね。

廣田さん:はい。このサークルを立ち上げるまで、私はいくつかのサークルに入ってはやめてを繰り返していたので、「もしここで中途半端にやったら周りに示しがつかない、早稲田で生きていけない」と思っていたんです。だから、絶対に投げ出そうとはしませんでした。
あとは、バイトもいくつか掛け持ちしてやっていました。というのも、私はあまり家族と仲が良くなくて、この問題は距離を置かないと解決しないな、と気づいていたので、家を出るためにお金を貯めていたんです。

――行動力がすごい…。ちなみに、どんなバイトをしていたのですか?

廣田さん:本当に色々あるけれど、一番長く続けているのは塾講師です。単純に、教えることも子どもも好きなので、楽しくやれています。
私が持っていたクラスに、教室にいても全く手を動かさない子がいたんですが、その子のそばを通るたびに声をかけていたら私に心を開いてくれて、自主的に宿題を持ってきてくれたんです。そのときは本当に「やっててよかった」って思いました。

ある日感じた、未来予想図とのズレ

――素敵な先生ですね!では、ここからは就活について聞いていきたいのですが、廣田さんはいつ頃から就活を意識し始めましたか?

廣田さん:3年生の6月くらいですかね。でも、その頃はあまり本腰を入れていませんでした。元々は教員になりたかったので…。

――そうだったんですね。なぜ教員を目指していたのですか?

廣田さん:実は私、中学時代は人と関わることがすごく苦手で。そんなとき、当時の副担任の先生が私のことをすごく気にかけてくれて、部活に誘ってくれたりして、そこから人生が好転したんです。
その先生の影響で、中3のころから、「自分みたいな子どもを救える教師になりたい」と思うようになりました。

――それがなぜ、就職活動をする気に変わったのでしょう?

廣田さん:真剣に将来のことを考えるようになってから、「救いたいのは子どもだけなのか?」「そもそも教員として生きることで本当に人を救えるのか?」と、自分が教員になることに疑問を感じ始めたんです。それに、就職活動をせずに教員になったら、子どもたちに何も教えてあげられないな、と思って。
だから、経験としてやっておくべきだなと思いました。

――なるほど。では、具体的にどう就活を進めていったのですか?

廣田さん:とりあえず、就活セミナーに行くことから始めてみました。だけど、そこで出会う人の中に、私みたいにサークルに明け暮れていた人はほとんどいなくて。いわゆる「意識の高い」大学生ばかりだったんです。当然、そういう人たちと話が合うはずもなく、正直「就活楽しくないな」と思いました。
しかもそのころの私は、プライベートのことばかり考えていて、就活の予定は二の次三の次。「どうせ就活なんて楽しくないんだし、そんなことに時間使うのもったいないっしょ」と、遊びやサークルを最優先していました。そんな感じで、3年の夏は考えることから目を背け続け、退廃しきった日々を過ごしていました。

――かなり振り切りましたね…(笑)

廣田さん:そうですね…(笑)だけど、何もしないまま夏が終わってしまって、さすがの私も「これはまずいぞ」と思い始めたので、9月末には教育系の会社でのインターンに参加しました。ちゃんと就活っぽいことをしたのは、これが初めてです。

――そのインターンで、何か得たものや気づいたことはありましたか?

廣田さん自分がいかに出遅れているかに気づけたことが大きな収穫でした。2日間泊まり込みでガッツリ取り組むインターンの中で、優秀な学生にたくさん出会い、「あ、自分やばいな」と思ったんです。

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――そこからどうやって遅れを取り戻していったのですか?

廣田さん:片っ端から就活サイトに登録して、とりあえずいろんなベンチャー企業で働いている人に会いまくりました。
就活をしていると、「大手とベンチャーどっちにしよう」と迷っている人の話をよく聞きますが、私には全く迷いがなくて。尊敬している先輩がベンチャーで働いていることもあって、最初からベンチャーに行きたいと思っていました。その決意がより固くなったのは、実際にベンチャーの人に会い始めてからです。
私は今まで、「会社=お金を稼ぐためだけに行く楽しくないところ」というイメージを持っていたのですが、ベンチャーの中身を自分の目や耳で確かめたことで、そのイメージが覆されました。「こうありたい」という意思がちゃんとあって、社長の思いも浸透していて、みんな楽しそうで。これがすごく衝撃的でした。

――ベンチャーの中でも、受ける業界は絞っていたのですか?

廣田さん:私の場合は、業界で絞るのではなく、自分が大事にしている3つの軸に合っているかどうかという観点で会社を見ていました。
1つは、「理念」の軸です。「個人の思いに向き合うことで、社会全体を良くしていく」というような理念が、会社全体にきちんと浸透していることが、私の理想でした。
それから、一緒に働く「人」の軸。「人と真剣に向き合っている人」と働きたいと私は思っていて、これはどういうことかというと、会社ってサービスを提供してユーザーを幸せにするのが仕事じゃないですか。そのためには、ユーザーと真剣に向き合わないといけないと思うんです。それができる人は、身の回りのどんな人ともちゃんと向き合えるし、逆に身近な人と向き合えない人は、ユーザーを幸せにすることなんてできない、と私は考えています。
最後に、「成長」という軸。私には、ある程度負荷のかかる環境に置かれてでも成長を重ねていきたい、という思いがありました。

――その軸に照らし合わせて、就活を進めていったわけですね。

廣田さん:はい。秋はウインターインターンの選考を受ける日々が続いて、12月には初めての本選考を経験しました。スカウトサイトで出会ったゲーム会社の選考で、運よく役員面接から始まったのですが、2回目で落ちました。
人事担当の方がすごく私に期待してくれていたので、その期待に応えられなかったことに対する申し訳なさで、号泣しました…。
だけどこれを機に、適当に済ませていた自己分析に真剣に取り組むようになり、限界ギリギリのところまで会社を見まくろう、と覚悟を決めました。

暗中模索の日々に差し込んだ一筋の光

――なるほど。そんな中で、今の内定先に出会うまでに、どのような経緯があったのでしょう?

廣田さん:このころから、エンターテインメント系の会社もいいな、と思うようになっていたので、そのあたりで会社を探しているときに見つけました。
なぜエンタメがいいなと思ったかというと…。元々私は、家庭環境や病気、いじめなど、何らかの不幸な状況におかれている人を救いたいという思いを持っていて。その方法は、福祉や人材、医療領域にしかないと決めつけていたのですが、次第に「エンターテインメントも人を救えるな」と感じ始めたんです。
だって、広くいろんな人に届くし、何より楽しいじゃないですか。その楽しさが、毎日を生きる意味になることだってありますし。私自身、映画や音楽がなかったらここまで生きてこられなかったと思います。そんな風に、誰かにとっての毎日の楽しみを作ることも、ひとつの解決方法だと気付いたんです。
そうやってエンタメ系の会社を探しているうちに、今の内定先であるアカツキという会社に出会いました。

――運命的な出会いを果たしたんですね。

廣田さん:はい。アカツキだけは、もう本当に一目ぼれみたいな感じで、「これだ!」って思いました。だけど、ここにたどり着くまでがかなりしんどかったです。
アカツキに出会うまで、「いいかも」と思う会社はいくつかあっても、本当に心の底から行きたいと思う会社が全く見つからなくて
何十社調べても全然心に響かなくて、いつになったら就活終わるんだろう、このまま不完全燃焼でどこかに入るのかな、って、めちゃくちゃ悩んでました。このときなんて、迷走しすぎて大手も見てましたもん。序盤で大手の選択肢は消えていたはずなのに。(笑)

――まさに「暗中模索」ですね…。

廣田さん:ですねえ…。もう本当につらすぎて、何も食べたくない、動きたくない、みたいな日が何日も続きました。
そんなとき、たまたまあるバンドの曲が耳に入ってきて。そしたら、不思議なことにお腹がすいてきて、めちゃくちゃカレーが食べたくなったんです。(笑)このとき、「あ、音楽の力ってすごいな」って思いました。私自身がエンタメに救われましたね。

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「あるバンド」のタオルを羽織った廣田さん。

――ご自身のそういった経験も、エンタメ業界を志望したことに繋がっているのかもしれませんね。ところで、アカツキのどこに惹かれたのでしょう?

廣田さん:真っ直ぐさに惹かれました。こんなに真っ直ぐな会社、他になかなか無いな、と思ったんです。私自身、目標に向かって愚直にやり抜くところが自分の長所だと思っているので、自分との親和性も感じました。
あとは、モバイルゲームの会社はいくつかありますが、アカツキのようにモバイルゲームだけでなく、デジタルとリアルを掛け合わせたライブエンターテインメントを提供している会社は珍しくて、そこに可能性を感じたのも、私がアカツキに惹かれた理由の一つです。そんな感じで、説明会に行くことを決めたのですが…。

――どうでした?

廣田さん:「やばーッ!!!」って感じでした。(笑)詳しい説明は控えますが、とにかく面白い説明会で、鳥肌が立ちました。「もう、ここしかない!」と思って、面接に進んだのですが、そこで出会った社員さんもすごくかっこよくて。どんどん気持ちが強くなっていきました。

死ぬ気で食らいついた最後のチャンス

――なるほど。面接ではどんなことを話したのですか?

廣田さん:実は最終面接の直前まで、私は素の自分を出し切れないまま選考を受けていました。どういうことかというと、エンタメ業界ってすごく明るい印象じゃないですか。その業界を受けるなら、家族と仲が良くなかったこととか、そういう暗い話をしない方がいいだろうなと思っていて、全部伏せていたんです。
だけど、いざ最終面接、というときになって、「このまま入社しても嘘をついていることになるし、しんどいだろうな」と思い始めて、自分をさらけ出そうと決めました。そのために、紙芝居を作ったんです。友達と相談したり、落ちた会社の方にも意見をもらったりして。それほど手間をかけてでも、私はこの会社に行きたかった。アカツキ以外の可能性が考えられなくて、ここに落ちたら就職浪人してもいい、という勢いでした。

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廣田さんが実際に使っていた就活用ノートと紙芝居。

――すごい…。それだけ本気になれる会社に出会えて良かったですね。では、紙芝居の甲斐あって、内定が決まったのでしょうか?

廣田さん:と思うじゃないですか?実はまだ続きがあるんです。(笑)
最終面接のあと、アカツキのCOOから「廣田さんがこの会社に合うかどうか、廣田さん自身の感覚で確かめてほしい」と言われて、2週間のインターンに参加しました。
長期間にわたる選考は、正直かなりしんどかったです。
だけど、インターンに行ったことで、さらに会社の良いところが見えてきました。
アカツキでは、「高い志を持ちチームで働くこと」が大事にされていて、そこが素敵だなと思いました。それから、「クリエイティブなのにロジカル」「大人なのにやんちゃ」という風に、相反する二つの性質を兼ね備えた人がすごく多くて、ここに入れば私もこうなれるんじゃないかな、と思ったんです。
インターンで見聞きしたことが、入社の決め手になりました。

――なるほど。そのインターンが終わって、晴れて内定…

廣田さん:です!インターンが終わった次の日に連絡が来ました。今までに内定の連絡をいただいたときは、嬉しいけどどこかで「まだ終われないな」という気持ちがあったのですが、アカツキからの電話を受けて、「あ、これで本当に終わりだ」と思ったのを覚えています。

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――長い道のりでしたね。

廣田さん:はい。めちゃくちゃ長かったです。(笑)
つらかったけど、最終的には心の底から行きたいと思える会社に出会えて嬉しいです。

――本当に良かったですね!ところで、冒頭で「家族仲が良くないから家を出た」と仰っていましたが、その後、親御さんとの関係は…?

廣田さん:家を出る前に、自分の思いを全て家族にぶつけたおかげで、今は仲良くやれています。就活の相談もたくさんしました。
親は私に教員になってほしいと思っていたみたいですが、最後は「やりたいと言ったことをやり抜けるのがあなたの長所だから、頑張りなさい」と、背中を押してもらえました。
一番嬉しかったのは、アカツキに内定をもらったあとの父の一言です。父はすごくゲーム好きなので、アカツキを受けるときに色々な話を聞いていたのですが、結果報告をしたときに父が「おめでとう。ゲームが好きじゃないお前だからこそ創れるゲームを創りなさい」と言ってくれて。すごく感動しました。

「全部やって確かめりゃいいだろう」

――なんて良い話なんだ…。何事にも本気で立ち向かう廣田さんの熱意が、親御さんにも伝わったんですね。では最後に、この記事を読んでくださった学生さんに向けて、何かメッセージをお願いします!

廣田さん:私の好きな歌に「全部やって確かめりゃいいだろう」という歌詞があるのですが、まさにその通りだなと思っています。
学生生活にしろ就活にしろ、気になったことは全部やって確かめなきゃ意味がない。そりゃあ、たまには失敗もするけど、それもまた一興、ということでどんどん進んでいけばいいんです。私自身もそうやって、なんとかここまで辿り着けたので。
これから就活を始める人も、それを意識していれば、最後には素敵な景色が見られるんじゃないかなと思います。

―貴重なお話ありがとうございました!

取材:中野はな・山野内智也
編集:中野はな

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