<取材対象者>
安江友宏
1982年生まれ
慶應義塾大学・経済学部卒
カリフォルニア大学サンディエゴ校(certificate)
現在:早稲田大学・大学院・経営管理研究科(修士)
三菱東京UFJ銀行に新卒で入社し、約12年間勤務。途中三菱UFJモルガン・スタンレー証券に出向。現在は、株式会社マネーフォワードで新規事業開発などを行っている。
原稿作成日:2018年10月
バンドマンからビジネスの世界へ
――本日はどうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
――安江さんは名古屋ご出身で東京の大学を卒業されたということですが、大学に入るまではずっと名古屋にいらっしゃったんですか?
いえ、僕の父は転勤族だったので、日本全国を転々としていました。だから、育ちはどこか、と聞かれると難しいのですが、強いて言えば兵庫か東京ですね。中学までは兵庫に一番長くいて、高校からはずっと東京なので。
――どんな学生時代を過ごされていたんですか?
小中高は普通にスポーツにハマっていたのですが、大学時代は兄がきっかけでバンドに打ち込んでいました。「メンバーが足りないから手伝え」と言われて、最初は無理矢理ベースを弾かされていたのですが、やっているうちにだんだんと面白くなってきてましたね(笑)
――どんなことが面白かったですか?
演奏はもちろんですが、自分たちの売り込み方やお客さんの集め方、資金のやりくりの仕方を考えるのも面白かったです。 バンドって、いい曲を作ればそれでOKというわけではなく、同じジャンルの中でどうポジショニングを取るかとか、誰とイベントを組むかとか、そういうマーケティング的な要素が結構重要で。そんなことを考えながら、月に2,3回はライブに出る生活を、社会人になってからもしばらくは続けていました。
――かなり本格的ですね。それほど本気で取り組んでいたのなら、メジャーデビューも狙っていたんですか?
兄はそうだったかもしれませんね。現に彼は今もバンドを続けているので。本当に我が兄ながらすごいと思いますね。僕はビジネス一本に絞ったけど、兄はビジネスマンとバンドマン、二束の草鞋で頑張っていますから。
――安江さんはバンドを離れてビジネスの世界に身を投じることに決めたのには、なにかきっかけがあったんですか?
実は僕、恥ずかしながら学生のころに仕事のことを意識したことがなくて。働き始めてから「世の中のことを知りたい」と思って、たくさん勉強するようになったんです。そしたら、勉強したことがどんどん仕事の成績に結びついていくんですよね。それがすごく楽しかったし、エネルギーの源になっていたので、自然とビジネスの世界に浸かっていきました。
80歳になっても、圧倒的エネルギーで働き続ける人がいた
――学生時代に仕事のことを意識しなかった、となると、就活はどのように進めていったのでしょうか?
始めた当初は、業界を絞らず、ひたすら色んな人と話して社会を知ることに注力していましたね。その結果、だんだんと「まずは自分の力を試したい」という価値観が芽生えてきて、且つ、個人でガンガン成績を上げていく仕事が良いなと思ったので、次第に金融業界に寄っていきました。 結果的に、いくつか内定をいただいた会社の中で一番大きな仕事ができそうだったので、三菱UFJ銀行に入社を決めたのですが、この会社に骨を埋めるわけではないだろうな、という気持ちは入社当初からありました。
――それはなぜですか?
両親の実家が家業をしていたのもあり、自分は商売人の血を引いているなと思っていたんです。いずれ自分も起業して、商売を営むんじゃないか、と。
――そんな思いを抱きつつ、12年ほど勤めたということですが…
実は、それが後悔している点でもあるんですけどね…。12年も同じ会社に留まるんじゃなくて、現時点で2,3社経験しておけばよかったな、と今は思っています。その方が、今の自分よりも多様な経験を積んで高い能力を持てたはずですし。
――それでも、一つの会社にずっといたのにはワケがあるのですか?
まあ、楽しかったですからね、仕事。 自分の成果が収入に結びついて給与がどんどん上がっていくのも、この仕事をしていないと出会えないような人と繋がれたのも、楽しくてしょうがなかったです。
――「この仕事をしていないと出会えない人」ということですが、どんな出会いが印象的でしたか?
7,80歳になっても現役で生き生きと働いている、起業家の方たちとの出会いは印象に残っていますね。中でも、70歳を過ぎて会社を立ち上げて、売り上げを10億まで伸ばした85歳の中小企業社長には本当に驚愕でした(笑)。同世代の他の人に比べると、目の輝きが明らかに違うんですよ。めちゃくちゃギラついているし、エネルギーが圧倒的にすごい。当時、32,3歳だったのですが、その姿に感銘を受けて自分も起業して生涯現役で輝き続けたい、と強く思ったんです。それで、MBAを取得するために銀行で働きつつ、早稲田大学大学院の経営管理研究科に入学することを決心。銀行は辞めようと思っていたので、会社のバックアップではなく自費で夜間の学校に通いました。
――MBAに通いながら転職を決意したということですが、何か大きなきっかけがあったのですか?
なんというか、「死ななきゃいいか」という境地に辿り着いたんです(笑)
――というと?
MBAって、家族で会社を経営している人とか、サラリーマンとか、起業家とか、すごく色々な立場の人が集まってくるんですけど…。そこで出会った人たちと接しているうちに、「それぞれの立場でいろんなことがあるけれど、みんなそれぞれ生きてるんだな」と感じて、気持ちが楽になったんですよね。今まで金融機関にいて比較的同質な人たちの中でがむしゃらにやってきたのでそこに気づかなかった。 生きていればどうにでもなるな、と。 だったら、命ある限り挑戦し続けないともったいないじゃないですか。それで、一社目を辞める決意をしたんです。
――MBAでの数々の出会いが、転職の引き金になったんですね。
そうですね。 あとは、大学院のカリキュラムの一環で、カリフォルニア大学のプログラムに参加したことやスタンフォード大学に行ったことが、きっかけの一つかもしれません。
――カリフォルニアでは、どんなことがあったんですか?
シリコンバレーって、人の行き来や転職が多くて。人が一か所にとどまらず、どんどん色んなところに散らばっていくことによって、発展していくんですよ。そして、人の多様さと失敗に対する受容性が高い。それを目の当たりにして、僕もこういう世の中を作りたいなと思ったんです。そのためには、まず僕自身が環境を変えなければ、と。
自分に足りないものが、ITの知識だった
――2社目はどういう基準で選んだのですか?
先ほど、12年間銀行に勤めていたという話がありましたが、僕の弱みはまさにそこで。金融の世界だけで生きてきてしまったことが、自分自身の最大のウィークポイントでした。 だけど、もし起業するなら、金融以外の軸を持っていなければ絶対にうまくやっていけない。じゃあ、次に必要なものは一体何なんだ?と考えたら、ITしかない、と思ったんです。それで、IT業界への転職を決めました。 転職先として選んだのは、マネーフォワードです。何社かあった候補のうち、一番成長の余地があって、規模感が小さかったからです。
――転職してからは、どんなことをされているんですか?
社内外で色々やっているので、まず社内のことからお話しすると、主に社長直下で新規事業企画をしたり、アライアンスに携わったりしています。 前者に関しては、ある程度予算を気にせず新しいプロダクトを生み出せるので、のびのびやれています。 後者のアライアンスはどんなことをしているかというと、金融機関向けのアプリやシステムのコンサルティングですね。この仕事では、前職での経験がかなり活きています。マネーフォワードって、実は金融出身の人が多くはないので、知識と経験を両方持ち合わせている人間は貴重なんです。 主な業務はこの2つですが、今の会社は本当に自由に動き回れるので、本来の専門分野ではない仕事も任されています。
――前職と比べて変わったなと思うところはありますか?
業務の幅やスピード感がガラッと変わりました。こちらでは、少人数でプロダクトにかかわるので一人で何でもやる必要があるし、その分意思決定も早くて。だから、めちゃくちゃ楽しいです。銀行の10年分に相当する経験値を、転職してからの3,4カ月で得られている気がします(笑)
――ものすごい成長速度ですね(笑)
だから、めちゃくちゃ楽しいです。あと「社長部」という非公式コミュニティと、「起業部」という早稲田大学公認コミュニティの運営をしているので、そこでの経験も今の自分を成長させていると思います。
――そんなコミュニティがあるんですね。社長部と起業部はどのようなコミュニティなんですか?
閉じられている組織が「社長部」、開かれている組織が「起業部」ですかね。 社長部は企業の上級管理職の中でMBAを取得している人だけを集めたクローズドな組織です。今後もその中で、密な関係を維持していきたいなと思っています。 起業部はそれと真逆で、多くの人に開かれた組織を目指しています。今はまだ狭い範囲にいる人しか集められていませんが、ゆくゆくは大学や年齢、国の垣根を越えて人が集まる、ダイバーシティの中心にしたいな、と。そうやってごちゃまぜになった中から、起業家がどんどん生まれていったら、これ以上嬉しいことはないですから。
――なるほど。ちなみに安江さん自身は、どういう分野で起業するか考えていらっしゃるんですか?
もちろん考えています。 会社の子会社社長として試すか起業するかの選択肢はありますが、 マーケティング支援のプラットフォームを提供する会社を立ち上げようと思っています。 具体的には、インフルエンサーマーケティングとテクノロジーの融合、って言ったらいいんですかね。各インフルエンサーの信用度を数値化して企業とやり取りができる仕組みや、報酬制度を整えたいなと。 試してみて大きくピボットするか全く違うビジネスをやっているかもしれませんが、それはそれでいいかな、と(笑)
――今の一番の目標は?と聞かれたら、安江さんはなんと答えますか?
とにかく、一刻も早く自分の会社のプロダクトを世に送り出して、世間の反応を確かめたいです。それで、5年後くらいには上場できればな、と(笑)
――では最後に、学生に向けてメッセージをお願いできますか。
そうだなあ…。 まず伝えたいのは、人間ちょっとやそっとのことじゃ死なないから大丈夫だよ、ってことですね(笑)命さえあればどうにでもなるので、失敗を恐れず、色んなことにチャレンジしてほしいです。もし失敗しても、次の選択肢なんていくらでもありますから。
それから、これは自分の経験に基づく話ですが、無理矢理にでも人生の計画は立てておくべきかな、と。僕自身は仕事をしているうちになんとなく道筋が見えてきたけど、ちょっと遅かったな、と今になって後悔しています。だけど、まだまだ若い皆さんなら、いくらでも自由に未来を描けるはずですから。色んな人と繋がって、たくさんの価値観を吸収して、少しずつそれを自分のものにしていってください。そうやって未来を描いていけば、後悔のない人生を送れると思います。
――今日は、お忙しい中、本当にありがとうございました!
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