2030年の労働市場は「人材のシェア」と「ジョブの細分化」
大久保 幸夫/リクルートワークス研究所 所長
働き方改革や人口減少、ビジネススピードの加速といった変化を受け、日本の労働市場は転換期を迎えようとしています。そのとき組織とワーカーはどのように対応していくべきなのでしょうか。リクルートワークス研究所の大久保幸夫所長に、「2030年の労働市場とオフィス」というテーマで未来を見通してもらいました。
人材は、所有ではなく共有する資産へ
足元の労働市場についていえば、日本企業は世界で最も人材確保に苦労しているという調査結果*も発表されており、人手不足は今後も長期的に続くとみてよいでしょう。企業が人を雇いたくてもできない状況が常態化すると、労働市場における価値の転換が起こります。
労働市場における従来の価値とは「雇用創出」であり、毎年大量の人材を新卒採用してくれる大企業が評価されました。しかし、人材不足下ではむしろ、離職率が低くて副業も認めないような大企業は「貴重な人材を独占している」と見なされ批判される可能性があります。つまり人材は、所有ではなく共有すべき資産になるのです。労働市場の未来を考えるうえで、この価値の転換は押さえておいてください。
*マンパワーグループ「2018年人材不足に関する調査」より
ジョブからタスクへの細分化が進む
人材の共有資産化が進むと同時に、2030年頃までに二つの変化が起きると考えられます。
一つ目は、現在「ジョブ型/メンバーシップ型」の2種類で語られる雇用タイプの変化です。海外で主流となっているジョブ型は、個別の仕事に対してそれぞれ専門性を持つワーカーを流動的にあてはめる雇用タイプであり、マッチングにおいて仕事はシンプル、人は複雑であるといえます。一方、日本で主流なメンバーシップ型は、会社で発生する不確定な業務全般を、総合職の正社員に割り振る雇用タイプで、仕事は複雑、人はシンプルです。
これが将来的に、仕事は細分化され、人は多様化する、つまり「複雑×複雑」なマッチングになります。要因は人手不足とダイバーシティの拡大です。
人手不足が進むと、従来のジョブ型雇用のようにジョブ単位で専門人材を確保できなくなるため、ジョブをさらにタスクへ分解し、マッチングの難易度を下げることになります。例えば調査業務なら、設計、調査票作成、実査、入力、分析……と分解し、タスクごとにできる人をあてはめるイメージです。これにより仕事は今より細分化されます。
一方、ワーカーは雇用されていない人(業務委託など)を含めて多様化が進みます。メンバーシップ型雇用の前提となっていた「週5日×8時間働ける人」だけではなく、例えば時間制約のあるシニアや、特定の仕事を得意とする障害者、複数の仕事を掛け持ちする人、外国人など、属性もライフステージも多様になります。
複雑なものどうしのマッチング、例えば「○○業界×平日21~22時×接客できる人」のような探し方になるため、今までと同じやり方では難しいでしょう。そこはAIなどのテクノロジーを活用しつつ、ソーサー(sourcer)という専門職が担うことになる。今後本格化する人手不足に対するシナリオはこれしかないと思います。
強い組織の条件は「ルース・カップリング」
二つ目の変化は、強い組織の条件です。現在は人が流出しない、求心力のある企業が強い組織とされ、人事担当者はリテンション施策に注力してきました。しかし、ここまで話した通り人材の流動性が高まる中、自社に囲い込もうとする企業はワーカーにとって魅力的ではなくなります。人材の流動性が低いと志向も内向きになり、閉塞的でクリエイティビティの低い組織になってしまうでしょう。
これからの強い組織の在り方とは、人と人とが緩やかにネットワークするルース・カップリング(loose coupling)組織です。組織の内と外との境界が薄いのが特徴で、イノベーションはこの境界からはみ出たところで生まれるようになります。
これに伴い、求められるマネジメントスキルも変わります。ルース・カップリング組織に必要なのは、メンバーとフラットな関係を築き、仕事をシェアすることで価値を生み出すようなマネジャーです。従来の管理発想から切り替える必要があるでしょう。
複雑な雇用と、緩やかにつながる組織。これが数年後の基軸的な姿なのではないかと思います。日本社会は硬直的だと思われがちですが、変わり始めたらいっきに広がりますよね。特に大企業が変わると追随する傾向がある。近年、副業を解禁する大企業の例も報道されていますし、すぐに当たり前になるのではないでしょうか。
AIは職業を進化させるが、依然として人は必要
AIの代替による人手不足解消が期待されていますが、少なくとも私たちが生きている間にシンギュラリティは起きないし、完全に代替されることは難しいでしょう。ディープラーニングによってAIが進化するためには良質な素材が大量に揃わなければならず、AIの進化には限界があるといわれているためです。
人事領域では近年HRテクノロジーが注目されていますが、実用化されている採用試験でのAI活用などは単純作業レベルで、今まで人事担当者が担っていた「判断」を代替しているわけではありません。今のところ、AIの効用は作業効率アップや単純作業の無人化などにとどまります。
AIによって人間が職を失うという話もありますが、職業が失われるのは①タスクがAIに代替されること、②その職業自体が市場において価値を失っていること、この二つの要素が揃った場合です。例えば銀行の窓口業務はすでに市場競争力を失っているため、フィンテックによって雇用が失われるかもしれませんが、コールセンター業務はAIによって単純作業が軽減化される分、浮いたパワーでマーケティング機能を高度化させていくかもしれない。AIはむしろ、多くの職業を進化させると思います。
「職業の進化にワーカーがついていけないのでは」という懸念も耳にしますが、タスクを進化させる人がいて、その人が描いたシナリオとマニュアルに基づいて職業が進化するので、全員が1から10まで考える必要はありません。もちろん、もともと人の能力には差があり、複数企業で働くのが当たり前の時代になるとその差がより広がる可能性はあります。そこは所得の再分配で解決するしかない、政治の問題だといえます。
前編はここまで。後編では、労働市場や組織の変化に個人がどう対応し、働く場所はどのように変わっていくのかを伺います。
大久保 幸夫(おおくぼ・ゆきお)/リクルートワークス研究所 所長
1983年一橋大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。1999年にリクルートワークス研究所を立ち上げ、所長に就任。2010~12年内閣府参与を兼任。2011年専門役員就任。人材サービス産業協議会理事、Japan Innovation Network理事、産業ソーシャルワーカー協会理事なども務める。専門は人材マネジメント、労働政策、キャリア論。