ニューヨーク発:都市を素晴らしい勤務地とするものは何か?
仕事とワークスペースをメインテーマとする世界的な知識ネットワーク「WORKTECH Academy」(ワークテック・アカデミー)では、グローバルトレンドを俯瞰する多彩な記事を発表しています。今回はその中から、日本企業が働き方とオフィスを考える上でのヒントとなるような記事をピックアップしてご紹介します。
ザイマックス総研はWORKTECH Academyのグローバル会員として、今後も当サイトにて、同アカデミーの記事を日本の皆さまに共有していきます。ご期待ください。
ワークテック・ニューヨーク・カンファレンス10周年記念では、専門家によるパネルディスカッションを催し、過去10年間にニューヨーク市がいかに変化したかを話し合った。その結果、仕事と生活を形づくる都市体験の四つの柱が浮かび上がった。
2000年前後には、ニューヨークの経済は金融業が優勢であり、グーグルやアマゾンのような企業を快く受け入れるような進化を遂げるとは、予想もしなかった。だが、それは現実となっている。雇用主である企業をいかにして引きつけるかに関する議論は、もっぱら州や都市の優遇税制を巡って展開される傾向にあり、事実、優遇措置を提供している都市はたくさんあるものの、それが全てではない。では、ニューヨーク市を独自の存在とするものは何だろうか?
2019年5月9日、ワークテック・ニューヨーク・カンファレンス10周年記念の場で、パネルディスカッション「ニューヨーク市の10年――当時と今」が、プラスターク(PLASTARC)社により開催された。上述の問いは、パネルディスカッションでのテーマであった。専門家たちは、ニューヨーク市の進化の原動力となった同時進行の変化――人口動態の変化、テクノロジー、ウェルネス(健康であること)への重点、都市体験の向上――について話し合った。このセッションではニューヨーク特有の変化に焦点を当てていたものの、これらの潮流は、程度の差はあれ、世界のあらゆる都市に当てはまるものだ。
ハイテクが主導
都市の景観の進化に関するあらゆる議論は、過去10年間におけるテクノロジーの急速な進化という背景との関連でなされている。2009年の第1回ワークテック・ニューヨークの時には、スマートフォンを使用する米国人は20%未満であったが、今日では利用者は80%を上回る(ただし、すべての市民が平等にアクセスできるわけではないことに留意すべきだ)。携帯機器による接続は、今では当たり前のものと見なされており、私たちの仕事と生活の仕方に大きな影響を及ぼしている。例えば、スマートフォンの利用は、ウーバーやリフトのようなライドシェア・サービスの成長を後押しした。このことは、従来型のタクシーや配車業界に破壊的変化をもたらしたが、一方で、かつてはサービスが不足していた地域では交通アクセスを増やしてくれた。
今日、さらなる変化が進行中である。インターセクション社(グーグルの親会社であるアルファベットに最近買収された)でコネクテッド・コミュニティーズ部門のシニアディレクターを務めるチャーリー・ミラー氏は、機器の接続が都市生活にさらなる大変革をもたらす可能性があると考えている。
数値化されるウェルネス
非営利組織センター・フォー・アクティブ・デザイン(CfAD)でパートナーシップス・ディレクターを務めるパネリストのスザンヌ・ニーナバー氏によれば、ニューヨーク市は「健康面に配慮した設計」の分野で常に先頭を走っている。約10年前、ニューヨーク市は、当時のマイケル・ブルームバーグ市長の下で、「活動的な設計の指針集」(Active Design Guidelines)を導入した。これは、この分野での初の刊行物であり、公衆衛生に関する文献を引用しつつ、いかに都市設計と建物の設計がさらなる身体活動を促進しうるかを示した。
最近では、同じ精神が、フィットウェル(Fitwel)のような建物の認証の制定に結びついている。フィットウェルは、CfADが運営し、健康とウェルネスの促進を目指して建物およびコミュニティを最適化するビジョンを推進している。これは「健康面に配慮した設計」という動きにつながっており、ニューヨーク市が、自転車や歩行者用のインフラ、公園や遊び場、より健康面に配慮した建物に対して投資していることに、全世界の都市が注目している。
過去10年間における最大の変化として、公衆衛生における優先項目と測定尺度が見直された。以前は、肥満や慢性疾患の率の高まりに対処するため、身体活動のサポートに主な重点が置かれていた。これは依然として、設計者と計画立案者によるウェルネスのための努力の一部ではあるものの、健康に関する研究と都市の優先項目は、もっと対象範囲が広くなっている。
ニーナバー氏は次のように説明する。「現在私たちは、研究の見地から、コミュニティの設計が心の健康、社会的つながり、信頼、公平性にいかに影響を及ぼすかについて、以前よりもはるかによく知っています。「活動的な設計」の定義そのものが、より包括的なものとなっているのです。同じ戦略の多くが依然として適用されていますが、今、私たちは、活動的な設計が個人、コミュニティ、そして経済的福祉までものあらゆる側面にいかに便益をもたらしているかについて、より多くの情報を持っています」。
自宅は電車があるところに
人材プールは不変ではない。雇用情勢、人口動態、学歴の重視傾向や、その他の変化に影響される。現在や過去のデータを集めることで、これらの潮流をつかみ、将来の発展を予測することが可能であり、不動産に関する決定を下すうえで役に立つ指針を示してくれる。このような助言は、サヴィルズKLG社(Savills KLG)が提供するサービスの一つであり、同社のシニア・マネージング・ディレクターであるケビン・ケリー氏は、ワークテックのパネルディスカッションに登壇した。ケリー氏は、ニューヨーク市が経験した、金融からテクノロジーへの部門のシフトの重要性を強調した。
「サンフランシスコ市は、技術特許の出願件数と国外からの移住の面でニューヨーク市よりも優れていますが、ニューヨーク市の一番重要な利点は、意外な点にあります。それは住宅費です。マンハッタンは世界で最も地価が高いものの1つにあげられますが、もっと郊外の地域に移ると住宅費は著しく低下します。これは、ほとんどの都市で見られる傾向です」。
ケリー氏は次のように続けた。「米国の40大都市では、最も高級な住宅地は人口の中心部から15分圏内にあり、45~60分移動すると住宅費は低下します。その例外はサンフランシスコとサンノゼ地域で、住宅費はあらゆる通勤圏内で大差なく、平均額は100万ドルを上回ります。ニューヨーク市は、地下鉄、電車、バス、フェリーによる幅広い交通網が整備されており、そのインフラのおかげで独自の状況を保っています。通勤には1時間以上かかることもありますが、市民は車を運転しないで済み、最適な移動手段を選ぶことが可能です」。
このような事情と、人口動態と通勤のパターンが組み合わさって、「若くて教養のある」人口(35歳未満で学士号を有する人)が、ニューヨーク市の西側と南側、ジャージー・シティーとブルックリンに向けて集まってきている。これらの働き手を惹きつける最良の地区は、2000年にはミッドタウン中心であったが、2015年にはローワーミッドタウンへと移った。2021年までには、マンハッタンのダウンタウンへと移行することだろう。
試作し、その後複製する
公共スペースの設計は、一般の人々の生活にさまざまな面で影響を及ぼす。研究からは、自然に触れることは、健康のみならず、仕事のパフォーマンスや満足度にもプラスの影響を与えることが示されている。空間がもっと魅力的になれば、移住を検討している人にとって、より望ましい地域とすることができる。これらの理由などから、都市の街路を、歩行者や自転車に乗る人にとって、もっとフレンドリーなものとする動きがある。
近年、タイムズ・スクエアが歩行者広場となったのは、転換点であった。ザ・ストリート・プランズ・コラボレイティブでプロジェクト開発担当シニアディレクターを務めるエド・ジャノフ氏は、それは「戦術的な都市主義」(tactical urbanism)によって推進されたと説明している。コミュニティ内の支援構築に向けて、プロトタイプ化により変化を迅速かつ低コストで提案するのである。
我々が『ワーク・デザイン・マガジン』に最近寄稿した記事に著したように、多くの都市は、公共スペースをもっと小規模に作り変える機会を求めている。ニューヨークのストリートシーツ(Street Seats)計画では、敷地前の通りを公共の利用目的で改善したい事業主を支援している。腰を下ろせる場所や緑地があることは、近隣の社会構造にプラスに働きかけることができる。
ニューヨーク市全体で展開されているこれらのプロジェクトやその他の多くのプロジェクトは、見落とされがちな資産である「コミュニティ・エンゲージメント」(コミュニティへの関与)をフルに活用している。ニューヨーク市の人と企業は、スマートな街路設計を可能とする官民連携の提唱に深く関わっているからだ。変化を志向する設計者たちは、自分の環境がもっと敏感に反応しユーザーフレンドリーになることを望む、固有の利益集団を擁しているのだ。
ワークプレイスの進化
これらの潮流の結果として、ニューヨーク市ではワークプレイスでの体験が著しく進化している。拠点を構えるハイテク企業が増えたことで、人々が必要とし期待するワークプレイス環境の種類は変わった。このことは、ニューヨーク市のオフィス文化を進化させるとともに、コワーキング業界の大々的な成長をも促している。雇用主の視点からすると、いまや一種の「お隣との張り合い」がニューヨーク市で起きている。それぞれの企業は、人材の流出を防ぐために、ワークプレイスでの体験を常に向上しなければならないのだ。ニューヨーク市の企業は、成長株の人材を、西海岸の競合他社よりも、街路の向こう側の企業に取られる可能性のほうが高い。
このようなハイテク企業の急増は、「企業市民」の視点からいっても、ニューヨーク市の人口の変化を意味している。今やウォール街の通りは観光客とハイテク企業で溢れているが、その多くは、同時多発テロ事件後にローワーマンハッタンの再開発を目的として導入されたインセンティブにより、最初に増え始めたものだ。今では、ハイテクに注力する西海岸の有名企業のほとんどが、ニューヨークのどこかに拠点を構えている。
都市の景観、都市に住む人々、そして都市を「ホーム」と呼ぶ企業の間の、複雑に交錯した関係は、それぞれの都市環境を独特で常に変化するものとしている。ワークプレイスでのよりよい経験を提唱していようと、公共スペースへのよりよいアクセスを要求していようと、はたまた基幹のテクノロジーを向上していようとも、それらの設計者と利害関係者はみな、都市という同じエコシステムのもとで生きており、その環境の長期的な存続に貢献していると忘れないようにすることが重要だ。
都市は企業を求めて競う。企業は人材を求めて競う。その人材が都市を変える。
筆者:メリッサ・マーシュ(Melissa Marsh)は、プラスターク社(PLASTARC Inc)の創設者兼エグゼクティブ・ディレクター。サヴィルズ(Savills)社のオキュパント・エクペリエンス長(head of Occupant Experience)も務める。